道^みちのべの木橦^むくげは馬^うまにくはれけり

松尾芭蕉

길가에 핀 무궁화는 말에게 먹혀버렸네
마츠오 바쇼

자신이 타고 있는 말이 길가에 예쁘고 귀엽게 피어 있는 하얀 무궁화를 한입에 덥석 먹어버린 상황을 상상해보는 것은 그리 어렵지 않다. 바쇼는 이 구를 통해 말을 타고 가던 자신에게 펼쳐진 순간적인 경치를 담담하게 풀어냈다. 말과 인간이 꽃을 바라보는 시선은 다르다. 인간에게 무궁화는 즐겁게 감상하고 향기를 맡을 수 있는 대상이지만, 말에게는 먹이가 되는 것이다. 바쇼의 선적(禪的) 교양을 나타내는 하이쿠로 평가받는 작품이다.

계절어 : 무궁화(가을)

木槿むくげ

今年は残暑が彼岸過ぎまで酷しく続き、身も心も疲れ切って、ただ暑さの熄むことばかり願っていたが、月の終りに大きな台風が日本海へ抜けると流石に秋めき、沈んだ空気がようやく肌に気持良く触れるようになった。 ふと四周を見渡すと、夏の温気（うんき）の中で咲いていた花々が、何時の間にか無くなっていた。ついこの間まで、眩いばかりに眼を射ていた赤や黄の原色が消えて、急に彩りの乏しい風景に変わっていた。爽竹桃も百日紅も衰えて、もはや残りの紅を僅かに枝の先に留めているだけである。然し、そのなかで木槿と芙蓉がまだ生々と咲き盛っているのを見て、改めてこの花の生命のしたたかさに驚かされたことである。 　 日頃から観察や記録に弱い私は、草木を少し情緒的に眺め過ぎる嫌いがあって、この木槿の場合にも、花期がこんなにも長かったことに気が付かずにいた。他の夏の花々と同様に、そこそこの時期に花を終らせてしまうものと思っていたのだから、現実に九月の末に盛んに花をつけているこの木を、意識して眺めたのは大きな発見ということになる。関心を持てばその気になって調べる筈から、今迄このことに気が付かなかったのは迂闊というより外はない。 　 そういえば芭蕉の「道のべの木樺は馬に食われけり」も、「野ざらし紀行」を読むと、秋雨 が終日降っていた大井川付近の句だから、長雨の多い彼岸の頃にでも当たるのだろうか、いずれにせよ九月下旬頃の木橿だったことに、もっと早く気付くべきであった。 木槿はこのように、本来は秋まで咲く花なのに、これを夏の花として捉えたくなる季節感覚が現代人の心の中にはある。また事実、そう捉えられて不自然でない風情をこの花は持っている。華雅というのには質素だが、貧弱といってしまうには風情があり過ぎるこの花は、夏の白昼、白や紫を涼しげにちりばめて、暑さに参った眼を慰めてくれる。爽竹桃（ きようちくとう）や百日紅（さるすべり）や凌霄花（のうぜんかつら）は陽の光に逆らって暑さを煽って咲くが、木槿は涼しさを誘って咲く。そういう姿と色の爽やかさが、先ず夏の花という印象を人に与える。 　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　 次に強いのが「儚（はかな）さ」の印象で、これは「槿花一日栄（きんかいいちじつのさかえ）」と語り伝えられる、「朝に綻（ほころび）夕に結ぶ」短い生命の伝説的イメージそのものである。このイメージが観念的に私達の頭にこびりついているので、実際には花蕾を無数に着けて次々と花を咲かせ、梅雨の六月から夏一杯を咲き通して十月の半ばまで、実に四ケ月に亘って人の眼に触れる生命力旺盛な植物なのに、つい儚い感傷をこの花に見がちになる。 この木槿に限らず、文学印象と実態が大きく食違っている木や草がある。芙蓉も同じアオイ科の花で、夏が盛りのように思われがちだが、十月になってもまだ美しい花を咲かせる完全な秋の花である。 逆の例になるが、桔梗も現代の感覚では梅雨時に咲く花という連想が強い。だが昔から秋草ということになっていて、枕草子にも女郎花（ おみなえし）、撫子（なでしこ）、刈萱（かるかや）、竜胆（りんどう）などと一緒に、秋草と思われるグループにリストアップされている。枕草子では、桔梗と朝顔はもう夫々独自の姿で出てくるが、万葉集の時代は桔梗という名前がまだ出て来ない時代で、有名な秋の七草の旋頭歌に詠まれた「あさがほ」は、桔梗を指すという解釈が今日では一般的になされている。 このほか朝顔、撫子など、古人が概して秋の抒情を寄せていた草花に、何故か現代では夏の連想を走らせてしまうことが多い。 　 このことは当然、現在の秋と旧暦七月以降を秋とした昔との、季節ギャップを考慮しないと辻褄が合ってこないのだが、それを考慮に入れてもなほ、季節のイメージに不自然さの残る草花が幾つかある。 大体、秋草と呼ばれる草花は、本格的に涼しく秋を感じる現在の暦の十月にはみな枯れてし まう。その意味では、秋草というよりも、夏の終りの草花という感覚で眺めるほうが良い。 秋の七草という概念も、もともとは孟蘭盆の供花、即ち盆花としての性格が強かったようで、盆の頃に咲いた野花を対象にしたのだから、必ずしも秋を代表する草花という意味では無かったことを認識するのが、秋草の理解には適切と思う。我々の身の廻りには、もう旧暦の季感は残っていないから、若し、昔に近い季節感覚で秋草を鑑賞したいと思うなら、八月末か九月に山か高原を歩いて、野の花を眺めてみるのが良いかも知れない。 それにしても、此等の花が咲くのはまだ残暑が酷しい頃なのに、昔の人はどうして秋草をあんなに涼しそうに詠めたのだろうか。 　　　　　　 　きちこう　（桔梗）　の花　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　紀　友則 　　秋近う野はなりにけり白露のおける草葉も色かはりゆく この歌は、万葉集に無かった桔梗が、「きちこう」という自分自身の名前で初めて登場するので、古典の「あさがほ」の論争に必ず引用される歌だが、露を置いて草葉の色が変わるというのだから、秋も随分深い頃かと思うと「秋近（あきちこ）う」とあるので、矢張り八月頃かと推量したりもする。尤もこの「秋近う」は、「きちこう」という文字を詠み込むための歌の技巧だから、本当に時季を表わしているかどうかの疑問はある。しかし、暑さを微塵も感じさせない涼しい歌である。朝とはいえ猛暑八月に、こんな涼しい歌が現代人に作れるだろうか。王朝の歌道には想像以上に厳しい季節遵守が貫かれていたらしい。 ところで、実際には花期の長いこの木橿が、短い栄華の譬えとなったのは、例の「槿花一日栄」「槿花一朝夢」という詩文の影響で、これは本朝で最も人気の高かった白楽天の詩が原典になっている。いかにも白楽天らしい、しかも、無常好みの王朝人の心情をくすぐるような詩句だから、平安時代には広く膾灸し愛誦されたに違いない。和漢朗詠集にもこの句が載っていて、そのポピュラーさを偲ばせている。 　 だが、昔の人は木槿を眺めて本当に無常を感じていたのだろうか。これを考えるのには、もともと、白楽天の眺めた「槿花」が何だったかという検討が先にあるのだが、その詮議は一応措いて、此処で疑問を持つのは、王朝人が「槿花」と呼んでいたものが、果して木槿だったかどうかという点である。「あさがほ」という言葉の意味を、時代推移に従って調べていくと、この「樺花」は木槿ではなく、現在の朝顔を指していたと考えるのが正しいような気がしてならない。このことを説明するには、万葉の「あさがほ」論議から触れなければならない。それは はぎを　　くずなでしこ　　　おみなへし　　ふじばかまあさがほ 萩が花尾花葛花撫子の花女郎花また藤袴朝貌の花　　　　　　山上憶良 に出てくる「朝貌（あさがほ）」は、一体何の花だったかの推定を巡る三つの説である。但し 　　　　　　　　　 現在の朝顔（旋花（ひるがほ）科、昔は牽牛子（けにごし）と呼ばれた）は、後年の延喜年間＝９００年頃に中国から渡来してきた花だから、万葉時代には存在しなかったという前提がある。 　 結論だけ簡単に述べると、この草木の候補に 　　 一、古く「あさがほ」と呼ばれた桔梗を比定する説。 　 　二、実際に朝花を咲かせる木槿だという説。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　 　三、形状が今の朝顔に似ている蔓性植物の旋花（ひるがほ）だという説。 の三つがある中で、「あさがほ」が詠まれている他の万葉歌（後出）を解釈するのに辻榎が合う、桔梗説に落ち着いているのがその内容である。 万葉の「あさがほ」論議は一応これで納まるが、この「あさがほ」という言葉には「朝に咲く美しい花」という広義の意味があるためか、万葉以降もおかしな混合をし続ける。 桔梗は、前に掲げた古今集の友則の歌で認知され、牽牛子の渡来とほぼ同時期から、正しく「桔梗＝きちこう」と呼ばれて、「あさがほ」の範疇から離れて圏外へ去るが、今度は牽牛子（けにごし）と木槿の区別がさっぱりつかなくなってくる。本来、木槿の表現であるべき「槿」又は「槿花」という漢字は、我国では「あさがほ」と称されて、実際には牽牛子（朝顔）を指すようになっ ていくのである。 この木橿と朝顔の混合関係は複雑で推測が難しいのだが、昔の人がこれをどう考えていたかには深い関心がある。これを調べるのには順序からすると、「あさがほ」という名前が最初に訓じられた「新選字鏡」か、源順の「和名抄」＝９３０年代＝あたりから始めるべきなのだが、それ等には途中で触れるので、此処ではこの関係に明解な推理を下している、江戸時代の本草書「大和本草」から覗いてみよう。「木槿、ムクゲハモクキンノ転語ナリ、花ノ下品也トイヘドモ好花モ亦アリ、今世紅白単葉千葉重葉其種類多シ、有大紅千葉者白千葉者、此二種ヨシ、万葉歌ニ、朝顔朝露負咲雖云暮陰社咲益家礼、此歌ヲ以見レバ朝顔ハ即槿花也、非牽牛子也明矣、牽牛子ハ古今集ニケニゴシトヨメリ、又和名抄ニハ牽牛子ヲアサガホト訓ゼリ、然レバ木槿花ヲモ牽牛子ヲモ、アサガホトイヘルナルベシ、一名ニシテ二物ナリ、凡倭漢トモニ一名二物多シ、花モ実モ木芙蓉二似タリ、正月二挟シ屡水ヲソソゲバ能活ス」。 　 この「大和本草」というのは、貝原益軒が中国の「本草綱目」に倣って１７００年頃編んだ本革膏で、この記述には問題解明の参考になる箇所が幾つかある。 先ず、万葉の「あさがほ」は牽牛子でなく木槿だという主張であるが、これは先に見た現在の桔梗説と対立してくる。益軒が此処で挙げた万葉歌というのは、 　　　 朝顔は朝露負いて咲くといヘど夕影にこそ咲きまさりけれ という歌で、「朝顔は朝ばかりでなく、夕方の光りの中でも美しく咲く」という意味に解釈されるので、夕方まで花を咲かせる桔梗を、万葉の「あさがほ」に比定する現在説の有力な根拠 になっている。しかし、益軒は桔梗を念頭に置かず、牽牛子と木槿の二者択一の判断に立っているから、今日の学者が桔梗説を出してくる同一の歌から木槿説を出してしまう。 　 この判断の根拠になっているのも花が咲き続ける時刻で、木槿と朝顔を比較して、夕方になると必ず萎える牽牛子（朝顔）が外されている。益軒は牽牛子の移入時期を全く考慮に入れていないから、結論の方向が違ったのは致仕方ないことであった。 次に、問題の木槿と朝顔については、木槿花も牽牛子花も、両者「あさがほ」と呼称される一名二物の関係だとしている。即ち「あさがほ」又は「槿＝あさがほ」と呼ばれたもののなかには、木槿と朝顔があるということで、この解釈には、記述にもある通り、牽牛子を「あさがほ」と訓じた「和名抄」が大きな影響を及ぼしている。 益軒の主旨は以上である。木槿は日本に昔から生えていた木なのに、その本名も、別名の「きはちす」という名前も、いずれも古代、中世の歌には出ていないのだから、これが「あさがほ＝槿」に含まれると考えたのは無理からぬことである。しかし、花の姿が似ているとはいえ、片や木、片や蔓草で、形状も著しく違う両者を、昔の人が同じ呼称で片付けてしまったのは如何なものだろうか、朝咲く花はすべて「あさがほ」という王朝の常識が、両者を混合させたのだと思うが、少し無神経に過ぎる嫌いがあったように思う。 同じような例で、山茶花が古典に登場してこないのも、椿に混合された為と私は考えているのだが、この場合は木も花もかなり似ているので、納得出来ぬこともないが、木槿と朝顔の場合には、なにかデリカシイに欠けた空しい感じを残す。 　 だが兎も角、「あさがほ＝槿」には木槿と朝顔が共存していた訳だから、歌の解釈にも両者の識別が必要となってくる。然し、歌に詠まれている情景から、植物を逆に推定するのは先ず困難で、この場合も、王朝から中世期に詠まれた「あさがほ」の歌をいくら仔細に検討しても、それと直感出来る表現で木槿が歌われているものはない。塚本邦雄氏もこの問題に触れて、木槿と直感できる表現の「あさがほ」が無いことを述べているが、例として、「槿＝あさがほ」の台で十六首もの歌を収めている「堀川百首」を見ても、その区別は難しい。 　　　玉びこの露もさながら折りてみん今朝うれしげに咲ける槿 　　　 しら露とおきてみつれば程もなく面かはりする槿の花 　　　 山里のしののあせ戸のひまをあらみ明けてぞみつる槿の花 　　　 あだにのみ見つつぞ過ぐる軒近きまがきに咲ける朝がほの花 　　　 秋くれば霧のまがきにたちかくれほのかにみゆる朝がほの花 五首だけを選定してみたが、表現に「槿」と「朝がほ」の二つの文字が使われてはいても、此等から木槿と朝顔を判別して挙げるのは困難である。木槿が昔から垣根に使われていたという言い伝えを重視して、意識的に木槿を想像するように努めても、籬（まがき）に立ちかくれて咲く花を、一方的に木槿と断定する訳にはいかない。むしろ朝顔と考えるほうが情景の落着く歌ばかりである。 このように、木槿と朝顔の判別は事実上不可能なのだが、「あさがほ」の正体が何かは別にして,「槿花」という言葉の無常感だけは、歌のなかで次第々々に醸成されていった。 　　　世の中のはかなき中にはかなきは暮をも待たぬ槿の花 　　　世の憂さを思ひしれとや朝がほの咲きてはかなき程をみすらむ 何とも云いようもない儚い歌だが、このように儚い詩情の対象としては、木本の木槿より草本の朝顔のほうが相応しい。この辺の事情から「槿はすべて朝顔である」と断定してしまう人もいる。 この名称の混合は、渡来してきた牽牛子が、ずっとその名で呼ばれていれば起こらなかった筈だが、一体、牽牛子は何時頃から「あさがほ」　に編入されたのだろうか。 牽牛子の渡来年代にも幾つかの説があるが、この名前が「新選字鏡」　になくて、「和名抄」と「本草和名」　に出てくることから、延喜の頃だろうと推定されている。もともと薬草としての効用が尚ばれて、種子の箱を牛に牽かせて売り歩いたことに、名前の由来があるというのだから、花にそぐわぬ異常な名前で、無常感とは縁遠い植物だった気もする。 　　　　　　　　　　 　　　　　　　 けにごし 　　　うちつけにこしとや花の色を見ん置く白露のそむる許を　　　　　　古今集 古今集には、このようにはっきり「牽牛子」と詠まれた歌が出てくる。しかしこの名前は詩歌の世界からは直ぐに消えてしまったようで、拾遺和歌集にもう一首、植物と全く関係なく、 「むげにこじ」という言葉の綾で出てくる歌があるが、他にはこの言葉を使った歌を見ることが出来ない。牽牛子という名前は実用面では存続したが、歌のほうでは非常に早い時期から 「槿」になってしまって、語呂合せの場面以外では使われなかったように思われる。 　 紀貫之にも樫の歌がある。 　　　山がつのかきほに咲ける槿はしののめならで逢うよしもがな　　　　新古今集 　　　この山の許にもあらじあさがほの花をのみ見て我やかへらん　　　　古今六帖集 貫之の頃には「槿」はもう一般化していたと理解して良い。処が、この古今六帖集の貫之の歌は、「あさがほ」の混合問題を調べる側を大いに困惑させる歌である。というのは、古今六帖集では、「桔梗」と「あさがほ」は歌題が分かれていて、この歌は「あさがほ」のほうに、万葉の歌と一緒に収められているからである。既に見たように、万葉の「あさがほ」は今日の解釈では桔梗ということだから、この「あさがほ」を万葉歌と並べられると、貫之の「あさがほ」も桔梗かと錯覚を起こしそうになるのである。 　 尤もこの六帖集の編者、源順という人は、別著の「和名抄」で牽牛子を「阿佐加保」と解説して、後世の木槿と牽牛子の区別を紛糾させた張本人だから、彼の文献から、この間題の整理になる資料は得可くもないのだが、それでもなほ、彼が万葉の「あさがほ」を何と考えていたかは知りたいと思う処である。彼ほどの多才が、桔梗は「新選字鏡」で既に「阿佐加保」と解説されていて、万葉の「あさがほ」解釈には、桔梗の可能性が充分あったことを知らぬ筈はないのに、自分で編んだ「古今六帖集」では桔梗と槿を分け、そこに万葉歌と貫之の歌を並べたのだから、彼も万葉時代の桔梗と「あさがほ」は、別物と思っていたと推量するしかない。 　 彼の筋道を延長すると、益軒同様に、万葉の「あさがほ」は木槿ということになるのかも知れぬ。牽牛子が渡って来たのは彼が生れた頃で、彼は牽牛子の渡来事情を一番よく知っていた筈だから、その辺を「和名抄」で明快にしておいて呉れたらと悔まれてならない。 姑息な推理を働かせると、逆に事実から離れる恐れもあるのだが、紀貫之は９４５年に没したといわれる人だから、牽牛子の移入を仮に９００年とすると、移入後僅か二十年か三十年で、牽牛子という名前は歌のなかでは流行らなくなった計算になる。或は、牽牛子は移入当初から 「槿」と呼ばれていて、この特徴的な名前が歌に使われたのは、言葉の遊びの場だけだったのかも知れない。 白楽天(772～842年)の作品は、意外に早く日本に伝わっている。有名な長恨歌は彼の存命中、平城帝の御代には既に貴族の間で愛誦されていた。従って、自民文集の「槿花一日自ラ栄ヲ為ス」という詩句も、案外早く日本に紹介されていたのかもしれない。年代を比較するとこの詩句のほうが、牽牛子より五十年程早く入ってくる可能性がある。 中国渡来の牽牛子を、これも渡来の詩句「槿花」と表現して詩歌を作るのは、当時最も好まれた文学的流行ではなかったろうか。折しも時は平吉期の、唐文化にすべてが魅せられていた時代であった。そして、このようにして作られた歌が秀でていればいるほど、槿花は朝顔の可憐さに姿を借りて、無常感を一層強めていったのである。 ずっと時代が下って、朝顔と木槿が分離して、ようやく槿花が本来の木槿の姿に戻った時、 「一朝ノ栄」は木槿の儚さに引き継がれて定着した。実に長い時間をかけた換骨奪胎だったといえる。 「あさがほ」に昔から複数の植物が含まれたのは、「朝に咲き夕べに閉じる」一日花の性格が共通点になっている。朝顔と木槿では実際にしぼみ方が若干違うが、朝咲くという点では一致している。その意味で、一日花でない桔梗が「あさがほ」と呼ばれたのは不適当であった。 　 さて本題の木槿は、はっきりした時代は分からないが、相当古くから日本に渡来していた木である。弥生の中期頃かとも思う。中国南部かインドがオリジンといわれている。 「和名抄」には「舜（きはちす）」という名も紹介されている。繰り返えすが、木槿はいずれの名前でも古代から中世期の詩歌には登場していない。そして　「槿」とある表現からは、木槿より朝顔を考えるほうが、意味が当てはまるケースが圧倒的に多い。 木槿という立派な名前を持ちながら、朝顔の当て馬にばかりなっていて、何故正しい名前で最初から出てこなかったのか、不可解な木である。 「むくげ」は「大和本草」にあるように「もっきん」の転語だと云われているが、この名前が文献などに見られるようになるのは室町期である。地方によって、アサガホ、ユウカゲグサ、シノノメグサ、キハチス、ハチス、モクゲ、モッキなどの名前が残っている。損な役割を長い間勤めてきたが、お蔭で　「儚（はかな）さ」　という素晴らしい文学美を与えられた、或る意味では幸運な樹木だったとも云える。 儚さを感じさせる木ならば他にも合歓や桜があり、木槿と同質の感傷ならば、私は夏椿を選ぶが、こうしてその生い立ちを調べてみると、この木が僅かに漂わせている虚無感が、何となく理解できるような気がしてくる。